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役者の女房 [みちくさ]

咲き始めた桜に冷たい雨が降りかかる。雪の結晶を六花と呼ぶと昔誰かが教えてくれた。花はいずれもはかないものだ。役者稼業の女房なら、唯一つ、旦那の舞台を愛してくれればそれで良し。旦那に愛想が尽きようとも、その芸だけを信じてあげて欲しい。世界中が大根役者と呼ぼうとも、女房だけは千両役者と言ってあげて欲しい。そしてたった一日でも旦那より長く生きてあげて欲しい。お願いします。

銀盤の女王日韓戦を振り返る [みちくさ]

オリンピックの銀盤の女王日韓戦が盛り上がっていた頃、素人なりにあの真央ちゃんの怒涛のプログラムに不安を抱いていた。緩なしの急急急。それに比べてヨナちゃんは指鳴らしたり流し目したりしながらちゃんとお休みしているではないか。真央ちゃんみたいにやったら手足をぶんぶん回しつづけちゃ、効果なしだと思うけど。あのやたらゴージャスなタラソワコーチに対して私は不信感をぬぐえない。スピードスケートの清水広保氏が言ってだけど、生で見たヨナちゃんの演技のオーラはすごいらしい。彼も自分の持つ呼吸の力で、スタートのピストルを撃つタイミングを自分に引き寄せるとも言っていた。自分の息に周囲を取り込んでしまう力、一流と言われる人は皆それを持っていると私も思う。真央ちゃんは自分の息で演技をしていないのだ、相手ではなく自分が息つく暇もなくなってしまい、周囲を飲み込むことができなかった。それが敗因だと思う。勝負は舞台に立った瞬間に決していたのであった。勝負とはそういうものだ。勝った選手はみな「気持ちよかったあ」などと余裕で言うではないか。マラソンの高橋尚子も水泳の北島康介もへとへとにはなっていない。全力を尽くすためには、全力で戦ってはならないのだ。勝利の女神はその心と身体の空白にこそ降臨するものなのだろう。

三月五雲会  藤栄 [藤栄]

2010/3/20 藤栄 シテ小倉健太郎 ワキ宝生欣哉
久々の能楽堂に仕事を切り上げ直行。浮世の風をたっぷり吸い込んだまま脇正にぼんやり座る。五雲会は自由席なので席の選び方で微妙にモチベーションが異なる。脇正を選択するときは多分ちょっと冷めてる時。思い入れが大きいときは正面で前の方が多い気がする。今日は脇の気分であった。弟子の分際で言うのも何なのだがけっこう男前の男舞(だじゃれ)でした。道楽者にしちゃあ誠実すぎるとは思うけど、狂言方ではないのだし、テキストもさほど複雑な人間像を求めているわけではないのだろうから、それでいいのだ。ただ、老獪なクセのある役者なら別な面白さもあるのでしょう。謝りながらペロリと舌を出すような。あの鞨鼓のような楽器は日舞では女ばかりが使うのに能ではいつも男ばかり。おじさんと鞨鼓って似合わないと思うんだけど。欣哉時頼では、ちょっと線が細すぎたような。シテではないのだしワキはかくあるべきものかもしれないけど、諌めるだけのパワーが本日は不足していたような。でも全体としてはすっごく良かったし面白かった。あの欄干をバチで打つのは何のためなのでしょうか?ノリに乗ってるためではないだろう。印籠も桜吹雪もないけど納得しちゃうすごく素直なチョイワル親父な藤栄でした。
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