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理知の楽園 サーリネン [精霊の家]

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デトロイト近郊にブルームフィールズの町がある。フォード一族を初めアメリカ自動車産業の創業者たちの住む別世界だ。今でも町に不動産売買話が出回ることはなく、ごく一部の階級の中だけで家主を変えている町だ。
どの家も手入れの行き届いた庭園を持ち、旅人はまるで楽園の中にいるような錯覚を起こす。そんな特権階級が自分の子供たちの教育のためにつくった学校がクランブルックだ。一貫教育の中で大学だけがないのは、当然ながら彼らは東部の名門大学に進学するため、必要なかったためだ。そのキャンパスの建築デザインがサーリネン。ミシガンやハーバードやMITの構内とまったく異なる、貴族趣味にも似た特殊な空気が漂う。手の込んだ工芸品の装飾とカールミルスの沢山の彫刻は、まるでそこから生まれてきたように建築と一体となっている。アーツアンドクラフトやアールデコといった時代の影を感じる。アメリカという近代国家に生まれた資本家という貴族階級の夢のあとなのだろう。

井筒02 稽古 井筒 [井筒]

謡も仕舞も「井筒」のお稽古。数年前までまったく関心のなかった、まったりとした三番目ものに、如何したわけだか足を踏み入れることとなった。稽古してみて初めて、漠然と感じていることがある。生の持つなんともいえない切なさだ。ある意味、死は永遠だから切なくない、むしろ安息。生きることは愛すること、悲しむこと、喜ぶこと、嘆くこと。幼いころ井筒に二人の影をうつしたそのイノセントな瞬間こそが、彼女にとっての永遠であり、存在理由だったのだろう。その後の女としての人生は、彼女にとっては移ろいやすい不確かなものであり、あの瞬間の絶頂感(そののちに知ることになる)に比べれば物足りないものだったのだと思う。女として愛されるよりも幼友達として愛されるほうが幸せだと思うことは不思議ではないと私は思う。いやいや現実はむしろ逆で、業平は彼女を女として愛してはいなかったのかもしれない。だから彼女は自分の居場所を井筒に求めざるをえなっかたのかもしれない。どちらにせよ女として男と向き合うことは、四季のある世界で夏だけを求めるようなもの。楽園を追われたアダムとイブが泣いているように、彼女は井筒の中に失った楽園を見たのだろう。

感性の洪水 ライト [精霊の家]

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カーナビを信じてただひたすら山道を走る。アメリカの別荘とは、皆こんな国立公園のような広大な敷地を必要とするのかと思うような山奥に、落水荘はあった。こんな山奥なのに、駐車場はいっぱい。ここは観光地であった。チケット購入後インフォメーションセンターでのんびりサンドイッチを食べていて、受付に申告しない限り永遠に呼ばれないことに気が付く。ツアーガイドの呼び出しまでショッピング。ミュージアムグッズの充実、商魂おそるべし。以前、帝国ホテルからもらったライトのコーヒーカップと同じものを発見。で、買い物は中止。30分+30分待ってお呼び出し。落水荘ご対面。うーん。やっぱり見世物になってしまった建物はどこか哀れであった。私の中での落水荘が無残に崩れてゆく。写真の方がずっといいじゃんという、整形美女のような気がした。家は主を失った時にすでに使命を終えているものなのだろうか。ライトという建築家はとことん感性の人なのだろう。感性を守る精神を失ったとき、そんな建築のはかなさを感じた。でも会えて良かった。

神性の降臨 ルイス・カーン [精霊の家]

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ニューハンプシャー州エクスターにあるフィリップス・エクスター・アカデミーの図書館。夏休み大学には学生の姿は少なく、そのかわりにサマーセミナーの中高生で賑やかだ。煉瓦、コンクリート、大理石、鉄、木、建築を構成するすべての部材が完璧なディテールで完成されたパズルのように調和している。手すり、家具、壁すべてを撫でまわしながらその厚み手触りディメンションを心と体に刻み込む。やはり奇跡はあるのだと確信する。ルイス・カーンは本物だ。
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