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蛇神の来歴 [三輪]

万葉集 大伴池主の歌 「玉鉾の 道の神たち幣はせむ 吾が思う君をなつかしみせよ」

旅立つ友(大伴家持)の旅の安全を道の神に祈る歌である。
道の神、出雲井神社の祭神クナトノ大神、蛇神である。

神の来歴は能の「加茂」にティピカルに描かれている。
川の上流から矢が流れて来て、それを拾った乙女が持ち帰り神の子を宿すというプロセスだ。
矢は蛇であり、男根であり、神の姿である。

神は、太陽光あるいは落雷として、山の頂の磐座や高木に天空から降臨する。

降臨した精霊は地下水脈をたどり川に流れ込む。
川で蛇に姿を変え、人々の中に姿を表わす。
蛇は乙女に掬い取られ、乙女が神妻となり、人型をした神の子、神の化身が誕生する。

降臨した精霊は杉の古木に抱かれて眠る。
蛇の通ったあとには道が出来、人々に進むべき方向を告げる。
昼は山に住み、夜になると里に現れ乙女と契を交わし夜明けとともに去って行く。
蛇の住む山は神そのものであり、蛇はその地の地主神(大国主)である。

海に出た蛇は海神となり、竜宮の主人となる。

太古の日本人にとって蛇は死と再生の象徴として畏怖される極めて重要なシンボルであった。
縄文の縄目こそ二匹の蛇の交尾の姿、そして万物の創造の象徴だったであろう。
脱皮こそ、再生のあるいは永遠性の象徴であり、神威であった。

縄文から繋がる蛇への信仰は、性に対する古代日本人の大らかさと共に、仏教思想流入によって、忌むべきタブーとして日本人の心の奥底に封印されていく。
太古の神の座から転落してもなお、蛇は道祖神や弁財天に脱皮して日本人の中に生き続けるのである。




伊勢神宮縁起 [三輪]

壬申の乱
大海皇子(天武天皇)は、天照大神(アマテルミタマ・アマテルと呼ばれる日の神)に先勝祈願し、勝利。
当時の神国造「渡会家」が南伊勢・宮川の川祭を行う。最初の斎王に大来皇女(天武の娘)。
宇治土公の台頭により伊勢の地主神は宮川流域→五十鈴川流域

古事記・日本書紀の編纂
天皇家の皇祖を天照大神とし、「天譲無窮の神勅」で皇位継承と王権神授を確立。
皇祖を祀る伊勢内宮の建設。
伊勢の地方神話(天語連)を日本神話に。

伊勢の日の神が天照大神として公式な皇祖に変貌することによって切り捨てられた古層は、外宮に移される。外宮は天照の食事を供するための豊受大神と公式に言われる由縁は、その地にかつて天照の食事を供するための高倉が置かれていたためであり、祭神は伊勢の地主神である。

伊勢の地主神の姿は蛇体である。
蛇は古代日本人にとって神の姿の一つであり、縄文という時代の「死と再生の象徴」であった。
渡来人である天皇家にとって「太陽信仰」は出自に値するものとして認定され、
「蛇信仰」は禁忌として削除され封印された。

・豊受大神←豊宇賀能命←ウガル(蛇)
・「心の御柱」 =最も神聖な場所  埋められた五色の布で巻かれた丸い素木
・「大物忌」 伊勢の大神に奉仕する5~13歳の童女(渡会氏・宇治土公氏・荒木田氏)

伊勢神宮は、
内宮 天照大神(古層を脱ぎ捨てた日の神)    姿は太陽  斎宮(天皇家の娘)
外宮 豊受大神(脱ぎ捨てられた伊勢の地主神) 姿は蛇   大物忌(特定豪族の娘)


翁02翁とクナトノ大神 [翁]

翁02翁とクナトノ大神

クナト大神は出雲井神社(出雲富家の祖神)の祭神であり、久那斗(クナト)神社と神社名に名を遺すのは、岩手県北上市和賀町に一社あるのみである。
別名、岐(フナト)の神、幸の神、寒の神、八街(ヤチマタ)の神、道祖神、道陸神。
道々の輩の神である。

「我々の大先祖はクナトの大首長だが、もう一つの女首長にアラハバキがあり、体制側によってこれが抹殺されようとした時、クナトは地蔵に、アラハバキは弁財天への変身した。」出雲富家伝承
クナト神もアラハバキも旅をして回る神である。

「霊亀2年(716年)熊野のクナトノ大神が杵築に移り出雲大社となった」出雲富家伝承


クナトの神(祖神)→大国主・事白主→三輪氏・鴨氏
天火明(祖神)→海部氏(籠神社宮司)・尾張氏
ニギハヤヒ(祖神)→物部氏
ニニギ(祖神)→天孫族

アラハバキ(東北から南下中)→クナト大神(出雲に定着)→宿神(スサノオ侵攻後)→翁(能)
古事記では 国乃常立神(国土形成の唯一根源神・大元尊神)
日本書紀では 国常立神(国土形成の唯一根源神・大元尊神)
クナト大神は男神(リンガ・イザナギ)、アラハバキは女神(ソソ・イザナミ)として一対で完成?
クナトは熊野に、アラハバキは伊勢に祀られていた?

宿神とは、国つ神が特定の地域の地主神となる以前、日本列島を人々が自由に移動していた時代、
天つ神・国つ神以前の世界の神と考える。


国乃常立神を祀る神社                    クナトの神を祀る神社
聖神社(埼玉県)                        息栖神社(茨城県)
蘇羽鷹神社(千葉県)                     出雲井神社(島根県)
日枝神社・大鳥神社・二宮神社(東京都)         社宮神社(静岡県)
山津照神社(滋賀県)                     鼻節神社(宮城県)
城南宮(京都府)
玉置神社・葛城天神社(奈良県)
熊野速玉大社(和歌山県)
若桜神社(鳥取県)
小村神社(高知県)

岩手県の南部神楽三番叟の黒式尉は国土形成の舞を舞うらしい。
都から遠い、東日本の記憶から出雲は消されていないのだろう。







伊勢の神とアラハバキ [三輪]

伊勢の地主神「荒祭宮」

・伊勢にはイセツ彦がいたが、神武の大和入りで東方に放逐(記紀による)
・古名「磯」→イセ 磯部一族海人系集団の地主神は「荒祭宮」
・伊勢内宮のすぐ後ろに上がったところに第一別宮として、内宮と同格に扱われる
・公式には天照の荒魂とされる
・荒祭物忌…専属の巫女・磯部氏から出される
・荒祭宮=伊勢の地主神=アラハバキ(後藤菊次郎著「子持山縁起」)
 輿玉神=アラハバキ(度会氏「神道五部書」)
・天照大神=国常立尊=大元神=アラハバキ(籠神社先代宮司海部穀定)


・南アラビア ヤマン地方 最高神=アラハバキ(古代アラビア語)
 ↓
・インド 「アーラヴィ」(林住族と呼ばれる) 仏教の守護神へ転落
 ↓
中国 雑密僧により広まり道教と集合 「大元師明王」
 ↓
・日本 遣唐使により持ち込まれ 密教 空海「大元師の法」

     
※密教に取り入れられた大元神が別ルートで入った日本の「アラハバキ」と邂逅したと考えるのか?
※荒祭宮祭神はアラハバキと考えたい。(地母神)
※天照、豊受ともに丹波王国籠神社に由来している
※天照は海人系太陽神(男神)だが、依代である日の巫女(卑弥呼)の姿をしている。女姿の男神と考える。
※豊受は地主神である伊勢の大神(蛇神・男神)と考える。



三輪の神と出雲 [三輪]

「謎の出雲帝国―怨念の日本原住民氏・天孫一族に虐殺された出雲神族の怒り」
吉田大洋著 徳間書店 1980年

・出雲親族末裔 富當雄(故人)元サンケイ新聞編集次長 富家当主(1980当時)
 正式名称は「富上官出雲臣財當雄」
・祖神の魂の具象化、勾玉を宝と呼びこれを付す事が出来る王家を「財筋」と称し12軒
・4500年一子相伝、口承伝承、他言無用

・富家の遠神祖、久那戸(クナト)大神は伊弉諾・イザナミの長男で出雲王朝の始祖
・出雲大社の東宇伽山の麓、出雲井神社はクナト大神を祭る
・出雲大社は、霊亀2年(716)に熊野(クナト大神)→杵築へ移った。
・出雲国造家(北島・千家)はアメノホヒノ命(天孫)の後裔

(紀元前3500年頃)
・アイヌ・山窩渡来。

(紀元前2500年頃)
・寒冷化によりクナト大神は一族と共に東の彼方から氷の山を越え海沿いを歩き。
 何代もかけ出雲の地に辿り着く。
 先住民に製鉄や機織り、農耕を教え王に推された。
・出雲王朝は北九州から新潟にいたる地域を領有していた。
・大和・紀伊は出雲の分国
・常陸国などの東国はクナト大神が興した。香取神宮主祭神

・出雲では4世紀の古墳出現まで貴人は風葬していた。
・藤と竹で編んだ籠に遺体を納め高い山の常緑樹(檜・杉)に吊るし三年後に降ろし洗骨し山に埋める。
 その木はご神木、その山は神の座す磐座。
子供妊婦は、再生のため、石棺に入れ宍道湖に水葬。

(紀元前1500年頃)
・スサノオ(渡来人)、出雲へ侵攻。(スサノオは出雲神族ではない)
牛頭天皇・ツヌガアラシト・牛頭(朝鮮の地名)=ソシモリ

(紀元前1000年頃)
・天孫族の本拠地は九州にあり、ホヒ一族(先発)は対馬海流にのり海路で出雲入り。
・ホヒは出雲親族と婚姻関係を結び国譲りを画策
・国譲りの浜「否(イナ)、然(サ)」→稲佐浜
・コトシロヌシは呪いの言葉を残し入水(三保神社 青柴垣神事)
・(出雲熊野神社の亀太夫の神事)
・出雲占領後、ホヒ一族は大和へ侵攻

(紀元前600~700頃)
・神武は6人死んだが7人目の神武は強かった。「カラの子」と呼んだ。
・朝鮮からの八咫烏が神武の味方についた。
・和解すると見せかけ次々と出雲人を殺していった。
・王のトミノナガスネヒコは大和を神武に譲って出雲で亡くなった。
・神武は大和の王となり、出雲王家の娘を妻にした。
・国譲り後、出雲人は大和・出雲・北陸・関東・東北に分散された。
・タテミナカタは母方(高志のヌナカタ姫)の勢力範囲信州で第二王朝。

(その後)
・富神社の紋章「亀に鉾(王権の象徴)2本」→「亀に大根2本」に(貞観2年)
・平安~明治維新「富」「向」を11回も姓を変えさせられる。

※青森三内丸山の民は、出雲族か?
※出雲は東日本と広範な交流があった?道祖神(クナト大神)・アラハバキの分布




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