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歌占と白太夫 [歌占]

度会氏について

①ワタライの由来は渡り来るすなわち渡来人であったかもしれない。
伊勢神宮外宮の世襲神官(大政奉還まで)である。
③伊勢神道(度会神道)…本地垂迹説批判・神道五部書
④度会春彦(通称 白太夫)
 菅原道真は父が伊勢神宮宮司度会春彦に頼み、豊受大神宮に祈願して誕生(845年)
 守役として道真公に仕え、太宰府で道真公を看取る。
 若いころから白髪だったため、白太夫と呼ばれる。
⑤白太夫社
 各地の天満宮には白太夫社があり、祭神は度会春彦翁である。
 全国の天満宮信仰は度会氏が広めた。
 神徳 子授分の神
⑥度会氏の祖は大若子(大若子)
⑦男巫←託宣←翁
⑧死と再生・蘇り「我蘇り」(蘇我)・老人と少年・父と子
⑨度会氏の祖先…乙ノ古命(ウル=シュメール語で牛 の フル=村 の命)

ちはやふる [三輪]

5月に、舞囃子で三輪を舞った。
中ノ舞、神舞、神楽と進んできたものの、格段に困難だった。
神舞は神が舞い、神楽は神が憑依した巫女が舞うのだろうか?
「自分→神」より「自分→巫女→神」と工程が二重になる分、複雑なのか?
そもそも「自分→神」にはリアルさが欠ける分、「自分→巫女→神」には、
無きにしも非ずのリアルさがあった。

「ち・はや・ふる」この一句に三輪という能のエッセンスが込められている。
神にかかる枕詞。「千早布留」→「血速振る」

「ち」とは「血」であり「魂」である。
「はや」とは「速」であり勢いのある状態である。
「ふる」とは「布留」であり「振る」である。

「魂」も「血」も「ち」と呼ばれており同じ概念で捉えられていた。
血は神聖なものとされ、恐らく神への捧げものとしての生贄も、捧げられる血が必須
であった古代の祭祀に由来している。血=魂

「速」は神の名前に用いられる美称である。物部の祖ニギハヤヒの名にも速がある。
速いことは勢いや強さの現れであり、生命力を表わしている。

「布留」とは物部神道の十種神宝に宿る神霊「布留御魂」である。古代山辺郡石上郷布留
山の西北麓に石上神宮は鎮座する。本来本殿はなく、拝殿奥の聖地を「布留高庭」「御本地」
と称して祀っている。後に布都御魂剣・天羽羽斬剣・勾玉などが出土した。
「古」は古王朝としての「布留」に由来すると思う。
「振る」とは呪術的行為であり、動かなくなったものを振って再生させるというのは、自然
な行為でもある。
袖を振る=好きな人の魂を呼ぶ(既婚婦人は留袖)
物部神道における死者を蘇らせる十種神宝の呪術

神の枕詞「ちはやふる」は物部神道に由来すると思われる。

神とは、私の体の中を真っ赤に勢いよく流れる「血」。
神とは命そのもの。すべての命に神は宿っている。


創世記9章4節 肉は命である血をふくんだまま食べてはならない
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