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物部の祭祀 [三輪]

神武の東遷にあたりニギハヤヒがトミノナガスネヒコを殺害し、国譲り。
「譲った側」の祭祀はニギハヤヒとナガスネヒコ家臣団によって物部神道として引継がれる。

■大和朝廷の成立
 部族連合国家時代 BC6C~ 出雲・葛城・三輪王朝     磐座信仰
          AD2C  倭国大乱 (スサノオ)
          AD200 邪馬台国 卑弥呼       日女日子制(蛇巫女)
          ニギハヤヒ→神武の国譲り
 中央集権国家成立 AD261神武東征→AD300ヤマト政権 物部神道  

■トミノナガスネヒコ(登美能那賀須泥毘古)
 登美=奈良県富雄 (難波から生駒山を超えた大和の入口)の豪族
 中筋=奈良県北葛城郡中筋
 根 =官位・役職 
 彦 =官位・役職
 ニギハヤヒの家臣・義兄 妹 登美屋姫(三炊屋媛)
 ウマシマデ(可美真手)の叔父
 弟 安日彦
 織田信長、伊達政宗の祖先
 弓矢の名手

■ニギハヤヒ(ニギ速日命・彦火明命・天火明命・天照御魂神・天照国照火明命
      天照国照彦天火明櫛玉ニギ速日命)
 天磐船
 八州を統むる也
 物部氏=ニギハヤヒを祖神=ナガスネヒコ家臣団
 海部氏=彦火明を祖神
 国譲り=ニギハヤヒの天津瑞(十種の神宝)の神武への献上

■十種の神宝
 鏡 …奥津鏡・辺津鏡
 剣 …八握剣
 玉 …生玉・死反玉・足玉・道反玉
 比礼…蛇比礼・蜂比礼・品物比礼
 大国主の正妻須勢理毘売(スサノオの娘)

■出雲王朝系氏族
 葛城氏…中央政治に関与後没落
 蘇我氏…中央政治に関与後没落
 出雲氏…神を奉祭する祝(ホフリ)として存続
 海部氏…神を奉祭する祝(ホフリ)として存続
 尾張氏…神を奉祭する祝(ホフリ)として存続
 物部氏…本家は蘇我氏に滅ぼされる
     物部麻呂の系は壬申の乱で昇進→石上朝臣→中央政治に関与
            石上神宮で十種の神宝(国譲り)を守る
                      

蛇神の封印 [三輪]

権力者が語る建国の歴史とは、神の栄光と祝福に彩られた輝かしいもののはずである。
権力の正当性にとって「国譲り」という言葉は何処か弱々しい。
「譲る」という行為には「譲られる者」より「譲る者」の優位性を感じるからである。

神話とはいえなぜ国史の中で「国譲り」という言葉を用いたのか?
 ・譲った側の人間によって国史が編纂された。
 ・譲られた側の人間が渡来人であったため国史の知識がなかった。
 ・譲った側の勢力が譲られた側の勢力に十分拮抗できる力を温存していた。
 ・編纂が「国譲り」と同時期であり、嘘で固めることが出来なかった。
 ・祭祀権の獲得が必要だったため、祭祀者と神宝の移譲が必要だった。
 ・「国譲り」によって祭祀が継続した。
 ・弥生は縄文の母系制社会の入り婿として徐々に権力をを握っていった。
 ・「国譲り」は数世紀にわたり何度も繰り返された。

天孫族は縄文弥生の蛇神を「国譲り」の段階では継承していたのではないか?
 ・王権の正当性の根拠は神宝(三種の神器)の所有にあった。
 ・「国譲り」当時は、祭祀王として、政治力より祭祀力の方が重要だった。
 ・蛇神は当時の東アジアで普遍的な宗教観であり否定する必要がなかった。
 ・蛇巫を妻とすることで祭祀王としての呪力を獲得した。
 ・蛇神が祟り神であったためにその呪力を恐れていた。

天孫族は縄文弥生の蛇神の祭祀を取り込まざるを得なかったのではないか?
 ・蛇神は物部神道・忌部神道として「譲られた側」の祭祀として連続した。
 ・天孫族は最終的に仏教思想導入により、祭祀権を「譲った側」から奪った。
 ・中央集権化の過程で、蛇神は神社というカテゴリーの中に封印されていった。
 ・「譲った側」の祭祀は神社に受け継がれ、呪力は采女制度により奪われていった。
 ・「譲った側」は、熊野大社・出雲大社・(伊勢神宮)・大神神社などに変容した。
 ・神社の背後の鎮守の森は、神社がもともと蛇神の祭祀場であったからではないか。

「国譲り」という言葉には、今に続くこの国の二重構造の秘密が隠されているのでは?
 ・譲った 側…闇 雲  力 山 実体 夜 蛇 死 混沌 地 裏
 ・譲られた側…光 太陽 幻 里 象徴 昼 鳥 生 秩序 天 表 

蛇神の変容 [三輪]

縄文の神々は1万年の間、この国の森奥深くに在って、永遠の循環の輪の王として 豊穣を
祈られた。万物すべては水平の価値を持ち、神々でさえ同じであった。
人は強大な自然の循環の一部であり、恵みは神への供儀の見返りとして与えられた。

農耕の発見はそうした自然の循環からの逸脱であり、神の国の支配からの逸脱ともいえる。
弥生の到来は、富と権力の概念をこの国にもたらし、縄文の神は弥生の神へ変容し、人の
王によって、終にはゆっくりと王の座を追われた。弥生は神の国の亡びの挽歌ともいえる。


紀元前6~5世紀 戦乱により、倭人(弥生人)が大陸から渡来
 ・倭族は新石器時代より水稲農耕・高床式建築技術をもち、東~東南アジアに広く分布。
 ・雲南省テン地周辺の倭人は、東シナ海ルートで渡来。
 ・長江中下流域の「越人」は朝鮮半島経由で渡来。
 ・倭族は「海洋民族」であり、体に「文身」という竜(海蛇)の刺青をしていた。
 ・倭族は「海蛇=神=農耕神」・首狩り
 ・半島経由→朝鮮南部と九州北部に倭国を建国→「わだつみ神」・「住吉神」
 ・台湾→沖縄→薩南
         
①島国日本は、その地政学的特性により、異文化の流入の絶対量が少なく速度も遅かった。
 ・大陸においては地理的に勝者が敗者を絶滅させることが出来た。(民族の大量虐殺)
 ・舟による渡来人の数は限られるため、征服にはなりえなかった。
 ・縄文の長(祭祀者)は新しい技術を持った渡来人を血族の中に受け入れた。
 ・縄文の長は新技術導入により富を蓄え、弥生化(新モンゴロイドとの混血)が進んだ。
 ・富の偏在が進み、部族間の争い(支配と従属の関係の発生)が発生。
 ・敗者は弥生社会の外(山や海)に逃れ、縄文の血と神は絶滅を逃れ敗者の中に残った。

②「国譲り」は幾世紀に渡り、ゆっくりと広く繰り返されていった。
 ・山が多く、海に囲まれ、平野が極端に少ない島国においては地方豪族の力が強かった。
 ・大陸においては勝利と敗北はあっても、妥協的「国譲り」はあり得ない。
 ・「国譲り」とは勝者にも敗者にも分があり、滅ぼされるのとは全く意味がことなる。
 ・縄文人の弥生化と弥生人の縄文社会への適応は同時にゆっくりと各地で進行していった。
 ・国家権力=祭祀権であった時代、祭祀権の移譲による呪力の獲得が必要だった。

③縄文人の神と弥生人の神は、ともに「蛇」であった。
 ・「山の神」が田植えと共に森山からやってきて、「田の神」となり、稲刈りが済むと、
  また「山の神」になる。 柳田國男
 ・縄文の神=「山の神」が田植えとともに「田の神」=弥生の神となり、稲刈りが済むと、
  再び縄文の神に戻る。→神の居る場所は「森」である。
 ・縄文の神と弥生の神の連続性…縄文の神は弥生の神に変容した(残った)。
 ・縄文の神は弥生を拒んだ蝦夷地により純粋な形で残った。

④女性蛇巫による託宣による祭祀の確立と神の権力構造化
 ・祭事権者=王(姉・兄)政治軍事権者(弟)による祭政二重統治の確立
 ・祭事とは、女性蛇巫と神蛇の性交・神蛇の出産・神蛇を祀る(飼育)
 ・最高女性蛇巫としての邪馬台国の女王卑弥呼

農耕による富の偏在化が進み、フラットな社会はピラミッド型構成に変化した。
弥生文化を受け入れた縄文社会には地方豪族たる支配者階級が現れる。

先にもたらされた青銅器文明は権力者たる祭祀者の祭祀の中に取り込まれた。
しかしほどなくもたらされた鉄器文明により、権力は祭祀者の手から奪われる。
縄文弥生を生きた蛇神は殺され、その毒は祟り神として鎮守の森深く封印されいく。

蛇神の祭祀 [三輪]

採集生活による原始共産社会の一万年の記憶は、日本民族の意識の奥底に今も深く封印さ
れた。弥生からの2千年の記憶の五倍の深さと強さをもって国の古層を築いている。

採集生活における最大の思想は、「生命の循環の維持」である。農耕といういわば「人類
が自然を支配する」という現代文明に連なる系譜とは異なる自然との共生社会である。ア
ダムとイブが追放された楽園である。
イブに囁いた楽園の主、それは森の王たる蛇神。「循環の輪」の中で恵みを約束されてい
た時代の人類の祖神である。


①蛇(毒蛇)=性交=神(生=性=聖=政)
 ・長時間の交尾…強烈な生命力→ポリネシアンセックス
 ・濃厚な(絡まり合う)交尾…セックスにおけるトランス状態→異界(祖霊)との接触
                             →死と再生との類似
 ・男性器との形態的類似性…リンガ崇拝
 ・強さ…毒で一撃
 ・脱皮…再生
 ・異形…恐怖心

②蛇の抽象化・記号化
 ・鱗  →連続△模様 →鱗紋 
 ・胴体 →ギザギザ →インカの階段・扇
 ・目  →同心円 →蛇の目紋・蛇の目傘・鏡餅・鏡(→三種の神器)・笠
 ・とぐろ→渦巻き模様 →唐草模様・帯・円錐形の山(三輪山)
 ・尾  →長く尖った形→剣(→三種の神器)
 ・交尾 →二重螺旋  →注連縄・蛇縄

③蛇(カカ)の言語
 ・鏡   ←蛇の目 ←カカメ
 ・案山子 ←蛇の子 ←カカシ 穀物を食べる小動物から田を守る蛇
 ・香久山 ←蛇の山 ←カカヤマ

④性(セックス)=聖(神)の抽象化
 ・ストーンサークル…直立した石(男根)+円形に並べられた石(女陰)
 ・ウッドサークル…チカモリ遺跡金沢)・真脇遺跡(能登)・寺地遺跡(糸魚川)
 ・御柱祭…大地(女性)につきたてられた柱(男根) 柱…天と地をつなぐトランス

⑤諏訪のミシャグチ神
 ・樹・笹・石・生神・大祝に降りてくる精霊
 ・75度/年の神事 「年中神事次第旧記」
 ・神長が祭祀権をもち、明治まで77代守矢真幸で終焉 一子相伝



蛇神の誕生 [三輪]


①佐賀歯科大学 篠田謙一によるDNA分析によると縄文人ゆかりの地はシベリア平原。

 縄文人のミトコンドリアDNA 縄文人29体中 1体 韓国
                        1体 台湾にすむ中国人
                        1体 タイ人
                       17体 シベリア平原ブリヤート人
                        9体 不明

②古モンゴロイドである縄文人の直系はアイヌ人であり、遺伝子的にはポリネシアンに
 近い。古モンゴロイド(氷河期以前)に分類されるのは、ミクロネシアン・ポリネシ
 アン・縄文人・アイヌ人。 

   
③自然人類学 植原和郎氏による縄文人(古モンゴロイド)の身体的特徴

 目が大きく、二重瞼で、鼻が高く、口は大きく、顔の凸凹が深く、手足が長く、毛深
 く、腋臭あり。
  
 新モンゴロイドの身体的特徴
 4万年~3万年前の地球の寒冷化に適応するために北部アジア人が身体的に変化した。
 外気に当たる面積を小さくするため、顔の凸凹を小さくし、目・口を小さく、鼻を低
 く、髯が少なく、手足が短い。


④日本列島への人類の到達は2万年前の最終氷河期

 4万年~3万年前   人類シベリアに進出
     2万年前   シベリア各地に拡散
   (最終氷河期)  -10°で海面下降、人類日本列島に到達
   1万1千年前   石器時代→縄文時代
               
 多数渡来ルート 大陸→サハリン→間宮・宗谷海峡常時接続→津軽海峡時々接続→本州
         
 少数渡来ルート 大陸→筏・丸太舟→九州
                 →太平洋の島々(ポリネシアン)

⑤縄文時代は、1万3千年前の縄文土器発生から2千年前の稲作開始までの≒1万年間。
  
 1万2千年前にユーラシア大陸の西側で小麦農業が開始→小麦農業・牧畜文明
 1万2千年前にユーラシア大陸の東側で稲作農業が開始→稲作・養蚕文明

 5千年前~4千年前 縄文中期 諏訪湖周辺が日本文化の中心
                BC3500~BC2200 三内丸山古墳)

⑥縄文土器の特徴 梅原猛による
 ・縄目模様 …交尾する蛇(マムシ)=神
        神=人間の力を超えた強大な力=災いであり恵み
        雷(=神也)・狼(=大神)・毒蛇(=大神)
        ※日本神道の本質は祟る神を祀ることにより守り神にする
 ・余白がない…悪霊の侵入を防ぐため模様をつける。出入口には重点的つける
        衣服の襟や袖口の模様 
        =縄文人の世界に瀰漫する悪霊に対する恐怖心

⑧縄文における写実の否定・抽象化 梅原猛による
 ・写実的な像には、その人間が乗り移り、結果として支配されるという思考
 ・写真は人の魂を奪って、その人を支配するという思考

⑦土偶の意味するもの 梅原猛による
 ・すべて妊婦である…胎児を身ごもって死んだ女性
 ・すべて異様な顔…目のある死人は再生可能である(目の強調)
 ・すべて胸から腹に縦一文字の線…胎児を取り出し抱かせて埋葬した
 ・多くは破壊されている…あの世はこの世のあべこべの世界
 ・丁寧に埋葬されたものがある

⑧死と再生の循環思想 
 ・縄文時代、幼児は死んだ場合、壺に入れ家の入口に逆さまに埋める。
 ・江戸時代まで胞衣壺を玄関の下に埋めていた。
 ・よく踏む=よくセックスする=次の子になって再生する

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