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翁07草原のシャーマンと天皇 [翁]

神職.jpg
神職
画像は日文研データベース 日本生活の図絵より

翁06草原のシャーマンと天皇

日本列島に到達した集団の中で、天孫族がいつの時代に到来したのかはわからないが、天
孫族に残る祭祀の中に出自に由来する痕跡が残ってはいないだろうか。
吸収した先住民の神話や祭祀を己の中に取り込んでいるにしても、皇統の正当性に関わる
部分、つまり即位儀礼に関してはアイデンティティを求めるのではないだろうか。
天皇家の即位儀礼の中に、遊牧民族(騎馬民族)との類似性を認める論がある。

「遊牧騎馬民族国家  護雅夫著」より抜粋

北アジアの遊牧民族は、おしなべてシャーマニズムの信者でした。
シャーマニズムにおいては、その神統は、まず、大きく、
(1)天上界にいます最高存在―最高神―を頂点として組み立てられた階層内の様々な天
の神霊、日月星辰の神霊、光明と善霊、
(2)地上界の土地・水・山・川・火などのもろもろの神霊、
(3)地下界に住む最大魔神をはじめとして、一つの階層に組み込まれた多くの鬼神霊、
暗黒と悪霊
これらに分けられます。神の子が、何かに包まれて、上天から降臨するというモチーフは
北方遊牧民族に共通する。地上の人間にとっては神霊を招ぎまつる招代であり、出現する
神霊にとっては降臨の要具であった。
「神の子を包む布」は人間と神との交融・転化の聖具であった。

・突厥の即位儀礼

その王が即位する際、その近侍・重臣共が王を「氈」にのせて、太陽が運行すると彼らが
考えた―順に―つまり、東から南へ、それから西、次いで北の順に―、九回回り、一回り
するたびごとに、臣下はみな拝する。拝し終わると、王を助けて馬に乗らせ、帛でその頸
を締め付ける。新王の呼吸がたえそうになると、手を緩め、すぐさま、かれに「なんじは
何年間、カガンとして在位できるか」ととう。王は神情が乱れていてその年数をはっきり
とは答えられない。
しかし臣下どもは、その王の答えによって、その在位年数の長短を知る。

・天皇の即位儀礼
新嘗祭は、天皇がその年の初穂を天神地祇にささげてその恩に感謝し、またこれを食する
祭り。
天皇の即位後はじめておこなわれるものを大嘗祭といいとくに重要視されている。
そして天皇の即位式は、じつはこの収穫祭を本体としたものであった。
大嘗祭の時、御殿の床に八重畳をしき、神を「衾」で覆って伏させ、天皇も「衾」を被っ
て伏し一時間ほど絶対安静の「物忌」をする。これは死という形式をとっているが、その
間に神霊が天皇の身に入り、そこではじめて天皇は霊威あるものとして復活する。
この大嘗祭(即位式)において天皇が忌こもるさいに被る「衾」こそ、日本神話に見える
真床追(覆)衾の意義をはっきり説明するものに他ならない。

・契丹の即位儀礼 柴冊儀
柴冊儀には吉日がえらばれるが、その前に柴冊殿と壇とを置く。壇は、薪を篤く積み、木
で三層につくり、その上に壇をおいて、長さ百尺の氈と、竜紋のある四角の茵とをしくの
である。さて、皇帝は再生室にはいって、再生儀をおこなう。それがおわると。長老その
ほかのものたちは、皇帝を助けて、冊殿の東北隅へ導いてゆく。皇帝は太陽を拝し、終わ
ると、馬に乗り、外戚のうちの長老を御者とする。皇帝は疾走して倒れる。御者と従者と
は、「氈」でこれをおおう。皇帝は小高い所に上り、大臣と諸部の長とは、儀仗を列して
はるかに拝する。そののち、皇帝が即位することを受諾し、終わって宴が貼られる。あく
る日、皇帝は冊殿から出て、護衛の臣にたすけられて壇に上り、祖先の神主を奉じて龍紋
のある四角の茵におく。宰相たちは群臣を率いて環状に立ち、それぞれ、皇帝のいる「氈」
のふちをもって持ち上げ、祝いの言葉を述べる。続いて、冊を読み上げ、尊号を称して皇
帝にすすめ、群臣が万歳を三唱して拝し、宴が張られて終わる。

・鮮卑の拓跋(華北に北魏を立てた)の即位儀礼
黒い「氈」で7人の人間を覆い、新しい君主は、その「氈」の上で、西方に向かって天を
拝する。

・ジンギス=カンの即位
7人の首長が、ジンギス=カンの座っている黒い「フエルト」を持ち上げた。

・カムルク族
部族の首長は、部族の一般的集会で選ばれた。この選任の結果は、選ばれた人物を、一枚
の「フエルト」の上にのせることによって知らされた。

・キルギス
新しくカンになるものを、「薄くて白いフエルトの敷物」にのせて、何度も高く放り上げ
ては落す儀式が行われた。

・南朝鮮 加羅国の建国伝説
神の子は「紅幅」につつまれて天降り、酋長我刀の家に持ち帰られて、かつ、しとねの上
におかれています。

筆者まとめ
・遊牧民族の即位儀礼と天皇家の即位儀礼には共通のモチーフがある。
・「神の子」は布に包まれたり、布の上に座っている。
・「神」は天から降臨する。(人間との水平ではなく、垂直な関係)
・北極星と北斗七星の関係を想起させる
・布のモチーフは胞衣に関係しているのではないか?(聖職者のマント)






翁06草原のシャーマンと大麻 [翁]

大麻.jpg
大麻 麻苧のみがついている。春日大社の本殿入口で参拝者が自分を祓う
画像ともウィキペディアより

翁06草原のシャーマンと大麻


「大麻と古代日本の神々  山口博著」より抜粋


斎部広成が大同二年(807年)「古語拾遺」を著した。

斎部氏とは忌部氏の後裔であり、さらにその後裔が佐々木氏である。
記紀によれば、忌部氏の祖先の太玉命は、高産土神の子で、叔母天照大神が再び天岩戸に
隠れないように注連縄を張った。天孫降臨に際してはニニギ命の従った。

①太玉命は長白羽神には麻を植えて青和幣を、天日鷲神と津昨見神には穀(コウゾ)の木
 を植えて白和幣を作らせた。麻と穀は一夜で芽生え葉が繁った。
②賢木の下枝には阿波国忌部氏の祖先である天日鷲神が作った木綿(由布)を掛けた。
③天富命(太玉命の孫)は由布津主等を連れて阿波へ、、一部は安房へ行った。

佐々木氏は「和幣」を大嘗祭に際して歴代天皇に献上してきた。
「和幣」は、南シベリアのシャーマンが大鷲の姿になった時に体につける無数のテープ状
の飾りである、現地の聖木にもテープが巻かれている。
天日鷲神とは、このシャーマンの神ではないか。

津軽半島のイタコが奉るオシラ様にはテープ状の布や紙が木の棒に巻かれている。
イタコは、ツングース語のイダコン、モンゴル語のイドカン、契丹のイドウアン、キルギ
スのドウアナと同じシャーマンを意味する。

スキタイ・マッサゲタイの麻の吸引に関するヘロドトスの記述
スキタイ・バジリク古墳からの麻を燻らす器具の出土
楼蘭の大麻草を持つシャーマンのミイラ
黒竜江沿いの漢代の遺跡
粛慎が欽明5年に佐渡で騒いだ(日本書紀)

シャーマンは幻覚剤を使用して、ヴィジョンを得、神託(天語歌)として人々に伝えた。
幻覚剤とは大麻である。麻には幻覚作用の強い亜種と弱い亜種があり、西日本の麻は弱く、
東日本の麻は強い。日本各地の遺跡から麻の種子が出土しているが、多いのは北海道、東
北・北関東にも多いが西日本は少ない。北海道に粛慎は持ち込んだかもしれない。
麻の読みAsaは、中央アジア、トルキスタンの麻の呼び名Hasha又はAsavathの語幹Asa又は
Ashaに由来する。中国語の麻の読みにAsaに近い音はない。

三国志魏書 ワイ伝 「ワイは麻を栽培する」
牡丹江流域から北朝鮮にかけて勢力を持っていたワイは、扶余・高句麗に押され、前3世
紀には北朝鮮まで縮小した。「ワイ」はスキタイ文化の伝播者であるモンゴルの「貊」を
併合している。
貊→ワイ→東日本のルートで、シャーマンが大麻を列島に持ち込んだのではないか。

筆者追記
・着物の麻の葉模様は、魔除けの模様である
・神官は麻の白衣を着用する
・神官の着物の袖口には紐が垂れ下がっている
・物部神道では幣帛、紙のぴらぴらを多用する
・能の道具には白い布が巻かれている(依代か)
・能における臣下の登場に際し、鳥の羽ばたきの様な仕草をする




野宮08明星と虚空蔵菩薩 [野宮]

 虚空蔵菩薩.jpg
神宮寺蔵 蓮華虚空菩薩像 平安時代 国宝
画像ウィキペディアより

野宮08明星と虚空蔵菩薩

「明けの明星」は「虚空蔵菩薩」の化身象徴とされる。
「虚空蔵」はアーカーシャ・ガルバ、虚空の母胎の意味の漢訳で、広大な宇宙のような無限
の知恵と慈悲を持った菩薩という意味である。元々は地蔵菩薩の地蔵と虚空蔵は対になって
いたと思われる。しかし虚空の空の要素は他の諸仏にとってかわられた様で、また地蔵菩薩
独自の信仰もあり、対で祀られる事はほぼない。

空海が室戸岬の御厨人窟で虚空蔵求聞持法を修した。
上山春平氏はルーズヴェルト大統領を大元帥明王法によって呪殺したと豪語する密教学者、
金山穆韶師の下で、これを学んでいる。

右手に宝剣、左手に如意宝珠を持つものと、右手は与願印を結び左手如意宝珠を持つものが
ある。奈良県大和郡山市 額安寺像、京都市広隆寺講堂像などがある。


祭祀から見た古代吉備 薬師寺慎一 より

黒澤山

 黒沢山は岡山県津山市東田辺(津山市の西北)にあり、標高660メートル、山頂に真言
宗の万福寺があります。「岡山県百科事典」には要旨次のように見えています。
「和銅元年(708年)に開かれた伝えられる。ご本尊は虚空蔵菩薩。この山の明星水(池)
のほとりにある巨きな檜の梢に虚空蔵菩薩が光り輝きながら来臨したという。
中世には埋経が行われ、寺には鎌倉初期の経筒が蔵されている。伊勢朝熊の「知一萬」陸奥
柳井津の「力一萬」と共に作州の「福一萬」とよばれ、日本三虚空蔵として名高い。」と。

明星

 右文に見るように黒沢山のご本尊は、「虚空蔵菩薩」ですが、本堂の背後に「明星水」と
呼ばれる泉があります。実は、この「明星」が大変大切なのです。右文中に見える、伊勢朝
熊の「知一萬」は伊勢の朝熊山(金剛証寺)のことで、朝熊山は伊勢神宮の内宮の背後にあ
り、内宮の奥ノ院と呼ばれた山ですが、そこには「明星堂」があります。結論から言えば、
虚空蔵菩薩と「明星」は深い関係があるのです。金岡秀友氏の論文「空海の謎の部分」には
次のように記されています。「虚空蔵菩薩の求聞持法を修する場所としては東西南の三方の
晴れた場所を最上とし、場合によっては東だけでもよい。道場の東側に小窓を作る。これは
虚空蔵菩薩の仮現である明星の光を道場に差し入れるためである。あるいは朝日・夕日の光
を本尊に当てる義ともいわれる。」と。右文に見える「虚空蔵菩薩の仮現である明星」の部
分が大切です。すなわち、「明星が現れる」ことは虚空蔵菩薩が感応されたということと、
虚空蔵菩薩がお姿を現されたとうことにほかならないわけです。前に引用した「三教指帰」
には「阿国大瀧岳にのぼりよじ、土州室戸崎に勤念す。谷響を惜しまず、明星来影す。」と
ありましたが、「明星来影す」は「明星が現れた」とい意味です。「明星」は金星のことで、
夜明けに東の空に輝いてみえますが、このときは「明けの明星」とか「あかぼし」と呼び、
日没後に西の空に輝いて見える時は「宵の明星」とか「ゆうずづ」と呼んでいます。

黒沢山の「明星水」

 黒沢山の話に戻りますが、以上のような次第で、虚空蔵菩薩を祭る黒沢山の泉が「明星
水」と呼ばれているのは筋が通っているわけです。だが、今一つ大事なのは、この泉が本堂
の真後ろに位置していることです。というのは、既に何度か話したように、神社の社殿や寺
院の堂塔はずっと古い時期には無かったもので、当時の信仰の対象は聖なる岩とか聖なる泉
であったからです。即ち、元々は岩とか水がご神体、あるいはご本尊でしたが、後にはそう
した岩や泉の前に社殿やお堂を設けるようになったわけです。こうした観点からすると、黒
沢山の「明星水」が本堂の真後ろに位置していることは、それが本来はこの山(寺)のご神
体(あるいはご本尊)であった証と考えられます。だが、いま一つ特に大切なことは本堂の
真後ろの扉が開くようになっていることです。前記のように「明星水」は本堂の真後ろに位
置していますが、この泉を拝むためには、本堂の扉が開くようになっているのが最も都合が
よいわけです。





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