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草紙洗の謎その後 [草紙洗]


何事もあまり考えずにすぐに結論を急ぐ性格はまったく直らない。小野小町の謎に対する私の結論いや暴論は小野小町巫女説だ。小町は宮廷の神事部?所属のお手つき?巫女だったと見る。まず、名前だが小野という姓は小野妹子に連なる神官に多い姓でいわゆる土蜘蛛系のようだ。小町というのは女官の職種らしいが式部とか納言のようなメジャーなものではない。しかし、教養の高さから推測すれば高等教育を受ける環境ではあったが貴族ではないと判断するに巫女というのはイイ線だ。神事の際の舞を見初められ帝に囲われる身となったのではないか。巫女ならばこそ、草紙洗のなかで「花の薄衣」を着「風折烏帽子」をつけ「杓拍子」をうち、「乱拍子」を踏むのではないか。巫女ならばこそ男を寄せ付けず、卒塔婆の上に腰をおろす(=仏教の上に神道をおくことのメタファー)のではないか。巫女ならば、それに連なる白拍子がなんらかの敬愛の情をもっていてもおかしくない。(以前何かで読んだが白拍子はいまでいう年金のようなものを得ている経済的に自立した存在だったらしい。和歌を詠み今様を謡う超高級娼婦は敗者の家の姫であったりした時代だろう。)白拍子たちの中に偶像として小野小町は重要な位置をしめていたのではなかろうか。そんな白拍子の舞を能に取り込んで行く過程で、それは能役者自身の姿にも重なっていったのだと思う。世阿弥の花の概念は小町の歌の花につながっていくような気がする。草紙洗という能は、小町とは関係のない手毬歌のような民衆歌に着想を得て(草紙を洗う部分)、権力者によって詠み人知らずとか別名で勅撰和歌集に載せられた歌人に対する供養のような気持ちが作者の中にあってできた能ではないかと思う。これだけ妄想を膨らませる私ってアホ?


草紙洗の謎 [草紙洗]


本日、積み重ねられた謡本を整理した。こんなに習ったんだあという気持ち半分まだこれだけかという気持ち半分。最初字を読むのにも苦労していたのに最近は生意気にもストーリーについても薀蓄(こんな字だったんだ!)をたれるようになった。謎は深まるばかりの今日この頃。目下最大の謎は小野小町だ。小町ほど能に出てくる女性はいない。それもみんなカワイクナイ女。そのなかで唯一美女らしいのが草紙洗だ。草紙洗の中で小町は「通衣姫の流れ」だと言われる。通衣姫は軽皇子の妹で悲劇の最後を送った絶世の美女で後に玉津島明神に祀られ和歌三神の一人となった人である。流れとは単にジャンルのことなのか。敵役黒主は能志賀では山神になっているが、それは単に見た目が「花の陰ゆく山賤の」「その様卑しき身ならねば」だからか。猿丸太夫の流れというのもジャンルのことなのか?通衣姫も猿丸太夫もたいして歌を読んではいないではないか。貴重な草紙を水で洗ってよいのか?洗えば真相がわかるのか?だいたい黒主のまぬけぶりはいくら昔とはいえあまりに不自然。一同に会してるメンバーは同時代の人なのか?身分の高い女性は男たちの面前で舞など舞わないのではないか?舞うにしても白拍子のような衣装は着ないだろう。ましてや小書きに乱拍子とあるが、なぜそんな緊迫感が必要なのか?和歌を志すものならそんな卑怯なまねも許されるのか?そもそも和歌三神の住吉明神は架空の神だし、衣通姫だって和歌に秀でていたわけじゃなし。柿本人麻呂と山部赤人を歌聖としてあがめるのはいいとしても、出雲もあのスサノオの出雲八重垣・・・だからなの?これはなんかヘン。美女小町についてでもこれだけの変に悩まされるのだからさぞや小町ばあさんシリーズにはとても納得できそうにないような。ま、そこまで稽古しないからイイカ。


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