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土門拳記念館 [精霊の家]

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山形県酒田市にある土門拳記念館に行ってきた。長野の東山魁夷美術館上野法隆寺宝物殿とで谷口氏の美術館三部作(トヨタ美術館と迷うところだけど)だ。記念館もよかったけど、それ以上に土門拳の写真には泣けました。写真家の視点や構図とは、かくも物事の本質を鋭く表現するものなのかと。余計なものすべてを捨て、エッセンスのみを発見する神の視座を持った類まれな人。
12月26日まで「土門拳の昭和」やってます。
建物はいつもの谷口氏同様、エレガントで寡黙でした。池には鴨や白鳥が沢山飛来していて、テラスが糞だらけであったのも、なんだかとっても包容力がありました。酒田の強風に負けずに立つ清貧のサムライのような土門+谷口の素敵なオジサマ達でした。

天台寺 [精霊の家]

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秋田での法事の後、父方の縁の天台寺に初めて訪れた。瀬戸内寂聴氏によって随分有名にしていただいたお寺だ。寺が江戸時代南部藩直轄であったころ南部藩家来であった父方が管理に携わっていたらしい。戊辰戦争後賊軍となり、寺は廃仏毀釈もあり悲惨な運命を辿ったようだ。寺の不幸に少なからず責任の一端はあったと思うけど、ご先祖様が生き伸びてくれたおかげで私も生まれたわけだ。二百石の寺領もあり、神楽も盛んにおこなわれていたらしい。いわて県立図書館の電子ライブラリーで藩士2700名の家系図の中から、それと思しき一族を発見した時の私の気分はもはやサムライであった。家系図中に外記として出来事が書いてあり、ご先祖の苦労をリアルに実感したひと時であった。泉先生先祖所属の庄内藩も一緒の賊軍と知りちょっと嬉しかった。

理知の楽園 サーリネン [精霊の家]

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デトロイト近郊にブルームフィールズの町がある。フォード一族を初めアメリカ自動車産業の創業者たちの住む別世界だ。今でも町に不動産売買話が出回ることはなく、ごく一部の階級の中だけで家主を変えている町だ。
どの家も手入れの行き届いた庭園を持ち、旅人はまるで楽園の中にいるような錯覚を起こす。そんな特権階級が自分の子供たちの教育のためにつくった学校がクランブルックだ。一貫教育の中で大学だけがないのは、当然ながら彼らは東部の名門大学に進学するため、必要なかったためだ。そのキャンパスの建築デザインがサーリネン。ミシガンやハーバードやMITの構内とまったく異なる、貴族趣味にも似た特殊な空気が漂う。手の込んだ工芸品の装飾とカールミルスの沢山の彫刻は、まるでそこから生まれてきたように建築と一体となっている。アーツアンドクラフトやアールデコといった時代の影を感じる。アメリカという近代国家に生まれた資本家という貴族階級の夢のあとなのだろう。

感性の洪水 ライト [精霊の家]

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カーナビを信じてただひたすら山道を走る。アメリカの別荘とは、皆こんな国立公園のような広大な敷地を必要とするのかと思うような山奥に、落水荘はあった。こんな山奥なのに、駐車場はいっぱい。ここは観光地であった。チケット購入後インフォメーションセンターでのんびりサンドイッチを食べていて、受付に申告しない限り永遠に呼ばれないことに気が付く。ツアーガイドの呼び出しまでショッピング。ミュージアムグッズの充実、商魂おそるべし。以前、帝国ホテルからもらったライトのコーヒーカップと同じものを発見。で、買い物は中止。30分+30分待ってお呼び出し。落水荘ご対面。うーん。やっぱり見世物になってしまった建物はどこか哀れであった。私の中での落水荘が無残に崩れてゆく。写真の方がずっといいじゃんという、整形美女のような気がした。家は主を失った時にすでに使命を終えているものなのだろうか。ライトという建築家はとことん感性の人なのだろう。感性を守る精神を失ったとき、そんな建築のはかなさを感じた。でも会えて良かった。

神性の降臨 ルイス・カーン [精霊の家]

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ニューハンプシャー州エクスターにあるフィリップス・エクスター・アカデミーの図書館。夏休み大学には学生の姿は少なく、そのかわりにサマーセミナーの中高生で賑やかだ。煉瓦、コンクリート、大理石、鉄、木、建築を構成するすべての部材が完璧なディテールで完成されたパズルのように調和している。手すり、家具、壁すべてを撫でまわしながらその厚み手触りディメンションを心と体に刻み込む。やはり奇跡はあるのだと確信する。ルイス・カーンは本物だ。

廃墟にて [精霊の家]

設計した建物と無残な再会を果たす時ほど切ないものはない。「融」は建築家にとってはリアルな能だ。世の中が不景気になればかつての栄華も夢となり、贅をつくした家とても手入れもされずにゴミ屋敷と化す。建物は物質なので見たとおりの状態なのだが、空間とは目には見えず感じるものである。人は壁や天井や床があることは知っていても、その空間を理解していることは滅多にない。空間は光と空気で出来ているから。そしてその目に見えない空間に己の存在の全てを捧げているのが建築の設計者。廃墟の中に残る空間という気配が、その家の生活と出来事の全てを語ってくれる。幸福な家、不幸な家、生まれたときはどちらも祝福に満たされていたはずなのに。設計者からの提言。お掃除をして家をピカピカにしてあげてください。家を大事にしてあげれば、家はあなたを必ず守ってくれます。

精霊の家(9) 注連縄 [精霊の家]

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神棚には注連縄がついている。神域を示す結界には必ず注連縄が張り巡らされる。相撲の土俵だって縄で囲まれてる。縄に特別なパワーを感じていたのは日本の縄文の人たちだ。土器に縄目の装飾を施してたことから縄文式土器といわれる。何故縄が神聖なのか。縄文人は二重螺旋をいったいどうやって創造したのだろうか。(へその緒にも関係?)数学や物理学の世界で宇宙の絶対的真理に関わっているのではないかという問題に素数の話(リーマン予想)がある。一見まったく無秩序に見える事象の奥に存在するかもしれない真理、神の摂理。円周率πや対数のe、ゼータ関数。自然界の森羅万象に共通する螺旋構造。日本列島の穏やかで豊かな自然の中で守られてきた日本人が、自然を神の恵みと感じ、自然の中に神を見出してきた日本人が、その鋭敏な感受性で螺旋の中に神の摂理を見出していたならば、現代のスーパーコンピューターを駆使した数学や物理学の知性以上の英知を感じずにはいられない。

精霊の家(8) 本丸 [精霊の家]

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城は本丸を始め、大まかに言えば丸と名のつく建物の集合体である。丸とは何なのか?戦場における櫓のような基地を、例えば「真田丸」と呼ぶように、丸とは機動力戦闘力を有する築造物で、曲輪、郭のことである。その原型は舟ではないかと思っている。海上戦における船の陣形がすでにあって、築城のさいに言葉として残ったのではないかと思うのだ。舟の名前には丸がつく。男の子の名前にも、丸がつくことがある。麿というのも丸が変化したものだと思う。刀の名前にも丸がつく。(カタナは外来語)邪馬台国の都ではないかという遺跡が大和地方で発掘されているけど、日本独特(らしい)の東西軸にそった建物配置らしい。中国文化圏はすべて南北軸だそうだ。南北軸なら星(北極星)、東西軸なら太陽を中心とする世界観ということだろうか。天皇制以前の日本を構成していた人々の思想が「丸」という概念に残っているのだと思う。太陽や月や舟の材料となる木の断面など、球体も含めた丸いものにある種の神秘性と神聖さとパワーを感じ取っていたのだろう。幾何学における正方形(能舞台)や正円(土俵)は形而上学的存在であり、そこに神性を見出す気持ちは分かる気がする。太陽を神と感じ、遠いところから舟に乗ってきた人々、謡いの中に時々出てくる「海人」「海士」とはそんな私たちの祖先のことなのじゃないかと思ってる。

精霊の家(7) 朱 [精霊の家]

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歴史の教科書に載っている京都御所はとっても侘び寂びな雰囲気だったので、すっかり帝のお住まいとはああいった簡素なものだとばかりおもっていたら、現京都御所はお公家さんの別荘を仮に御所にしていただけで、もともとは現平安神宮を拡大コピーしたものだったとつい最近知った。やっぱり、中国や朝鮮と一緒で王宮は朱塗りだったんだあ。貴重な建物はだいたい赤い。神社の朱塗りの柱などは辰砂を粉砕して採集された水銀朱だ。水銀は中国古代の仙薬、不老不死の薬で、呪力をもつものとして貴重なものだった。防腐剤にもなるので、貴人が死ぬと朱につけられて埋葬される。朱をつくる辰砂は丹とも言い、丹を作る丹田というものが体の中にもある。(西洋人にはないかも?)血は赤く、死んだ血は黒い。命は赤く、死は黒い。朱すなわち丹の意味するものはとても深い。

精霊の家(6) 門松 [精霊の家]

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松は何故目出度いのか。能舞台の鏡板の老松は神様が降りてくる依り代だそうだ。どうも異界との接触はツンツンにとんがった形状が有利らしい。ETの指と指。ピラミッドの先端。昔ながらのアンテナ。で、門松も、歳神さまが思わず吸い寄せられちゃうツンツンにとがった形として選ばれたらしい。やっぱり未知との遭遇は波状のエネルギーなのだろうか?そもそも一年中緑っていうのが縁起がいいらしい。待つという音も連想されるし。フランスの松のフラバンジェノールは体にも良いらしい。あの清々しい香りも良い。船の上から白砂と松林を見たらさぞや歓喜の声を上げただろうし。少なくとも中国文化圏で王宮内に松を植栽しているところは知らないので、松好きは日本的な美意識なんだろうか。(坂東流の名取試験は「松の緑」)そういえばクリスマスツリーも松系ではないか?松ぼっくりもついてるし。普遍的にめでたい松。翁は公に羽。松は公に木。ローマ街道も松並木だったけど、やっぱり目出度いから街路樹としてローマ人が選定したのだろうか。


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