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鹿の子伝説を探る [東北]

和泉式部が鹿の子と伝承される由縁は何か?

鹿と鳥の文化史  平林章仁 より

①鹿が海を泳いで渡ることは古代において日常的なことであった。
②海人にとって海にいる鹿は身近な動物であった。
③鹿狩りは海を泳いでいる鹿に対して行われることが多かった。
④日本の和弓は水中の生き物を射ることに優れている。
⑤鹿の角は樹木に似ていることから森の神とされた。
⑥鹿の角を冠に頂くことで王やシャーマンは特殊な力を得ると考えた。
⑦神聖な生贄として鹿は神への捧げものとされた。
⑧生贄の中でも耳裂鹿は最も神聖な神に選ばれし者とされた。
⑨鹿の形で舞う鹿踊りは呪術的力を持つ儀式であった。
⑩鹿は神の使いとして狩猟を禁じられるようになった。

軽井沢の山中ではカモシカに出くわすことがある。
木々の中で屹立するその姿は神々しいほどの強さと美しさにあふれている。

鹿児島鹿島や牡鹿半島など地名に鹿の由来のある地域は
海人の勢力圏であったらしい。
鹿と人が近かった時代の記憶。


和泉式部の足袋 [東北]

東北の主人公和泉式部について面白いエピソードを発見した。
ウィキペディアによれば、和泉式部は978年頃、越前守大江雅致と越中守平保衡の娘の間に生まれ、御許丸と呼ばれ太皇太后宮・昌子内親王付の女童であったらしい。
和泉守・橘道貞と結婚したが破綻し、その後は火宅の人として数々の激しい恋を繰り広げることとなるわけです。常識的な人にとってはとっても迷惑な存在だったかもしれません。東北と言えば鬼門の方角。
中々痛烈なネーミングでもあるわけです。

杵島山に福泉寺という薬師如来を本尊とする真言宗の山寺があり、塩田郷の大黒丸夫婦が子授けを祈願していました。あるとき御堂の裏で赤子の泣く声がしたので行ってみると、鹿が人の子を産んで乳を与えていた。この子は大黒丸夫婦に引き取って育てられ、御許丸と名付けられたが、宮廷に仕えて和泉式部となり、紫式部、清少納言、赤添衛門と並んで平安の歴史を飾る存在になった。彼女は鹿の子であったので、生まれながらに足の指が二つに割れていた。それを隠す為に母は足袋を発明して娘にはかせたといいます。
(柳田国男・和泉式部の足袋)

杵島山は佐賀県杵島郡にあるらしい。有名人なので各地に伝承が残っているのだろうが、鹿の子であるというかなり奇抜な意見は奥が深いと感じる。


火宅の女 [東北]


娘の踊りを稽古するとき、膝は折り続け、肩を落とし、後ろにのけぞり気味にし、上体は捻られる。不安定な状態を維持しながら、体は丸められ反られ続ける。そうした型の中に近世日本人は、女の官能的魅力を見出してきたのだろう。体全部を使って「女になる」のは結構楽しい。ベリーダンスフラメンコのようにわかりやすい挑発的行為だもん。歌舞伎の中では、女ならず男も十分エロティックで官能的だ。むきだしの素足で股を割り、胸をはだける。虚構の中の究極のいかがわしさだ。能の女というのが私にはまだ、まったくわからない。あの熱血和泉式部とて、「火宅をばはや出でにけるかな」だ。火宅を生きてこそなのに。道成寺の白拍子は、歌舞伎であんなにかわいらしく魅力的なのに、能では不気味そのものである。能の女は、私にはまったくの謎だ。娘の踊りでは型から「女になれる」のに、能では「女になる」ための身体的きっかけが私には不明。井筒の女にいたっては、完全に自分ひとりの世界で完結していて、もはや実在の男を彼女は必要としていないじゃないですか。あれってどうなんだろう、彼女も実在しないから、いいてことなんでしょうか。ま、個人的には井筒の女の感覚に同意できるけどさ。火宅の女は仏教的に罪深いものとして、能の中で完全否定されたため、歌舞伎の中に満開の花を咲かせるに至ったのでしょう。罪深いのは女であるのはアダムとイブの昔からまったく変わっておりません。


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